伊勢河崎ときどき古民家

伊勢と河崎の町と神社と古民家と好きなものに囲まれた日々のコラムです

【古市街道】 自転車走破の道程⑥ ~桜木地蔵~

古市街道を資料館と県道が交わる地点で

県道沿いに右手に進み、

また若干街道の方向に入った辺りに

ここ桜木地蔵があります。

 

正直、やや迷いました。

県道入って少し行きますと大きな「桜木地蔵」の看板があり、

「地図で見るともう少し先のようだけど?」

と看板のほうに道を登っていったところ…違いました。

やはりもう少し先になります!

 

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さて、この桜木地蔵は江戸時代、

伊勢・山田奉行を勤めていた大岡越前がここを訪れた後に

江戸町奉行になったことから、別名「出世地蔵」と呼ばれています。

 

また、近年は武蔵丸関が幕下のころから毎年参拝し、

横綱になったことから出世地蔵の名が一段と増したといいます。

 

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御堂が新しいなぁと思っていましたら、

2000年に建替えられたとのことです。

 

ご本尊のお地蔵尊は3体あり、いずれも岩に浮彫りしたタイプといい、

格子からは垣間見ることができます。

 

世の人々を守る霊験と、子育て、病気除けの妙徳もあるそうで、

地域の聞信仰を今も集めています。

 

毎年6月24日には例祭があります。

(今年はコロナ禍で中止)

 

山田の言い習わしの中に

夏祭りの順序を

「地蔵さん ~ ゴマさん(世義寺) ~
  天王さん(河崎)」

と言うものがあるそうです。

 

(参考→ 伊勢志摩きらり千選

 

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御由緒書きには

 

「当桜木町はもと上中之地蔵とよばれ、17世紀初め

ごろ、東側の中村から移住した六軒家から始まったようで

ありました。
 
 本尊は合祀の二尊とともに、このあたりに集落がで

き始めたころのものと思われます。
 
 また右手前の地蔵尊二体を刻んだ石像は、当地南方

丘陵をめぐる道路ぎわに立てられていて<どうろくじん>

塞の神道祖神)と呼ばれていたもののようであ

ります。

 桜木地蔵の名の由来は、大きな桜の木の下にまつられて

いたからとされています。
 
 正徳年間(18世紀初め)了運尼・禅宜などの有徳が

庵をかまえ、ご本尊を大切におまつりしていたと伝えて

います。
 
 このあたりは勢田川の源流の一つでもあり、かつて

近くに池を望み、すぐれた景観に恵まれていました。 」

 

とあります。

 

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今も桜木地蔵の御堂のそばには桜の木が立ち、

地名も「桜木」です。

すぐそばは「桜ヶ丘」です。

 

実は私の出身校(東京都内)も「桜木中」で

今は「桜」という町名ですが、昔は「桜木」だったと聞きます。
そして、隣には「桜ヶ丘」があります。

なんともシンパシー!

 

ここ伊勢の桜木出身の友人と「桜木あるある」で盛り上がったのが

山崎まさよしさんの歌の「♪桜木町で~♪」を横浜だと思わなかった!」

というものです(笑)。

 

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私がこの古市自転車走破をしたのは、去年2019年の3月27日でした。

去年は桜の開花がゆっくりだったのですが、

御堂のそばの木は花がいくつか開き始めていました。

 

この後、街道方面へはほぼ道なりで戻ることができましたが、

一部道幅が狭いので、

お車の方は迂回必須です。

 

さぁ、もうすぐ内宮です!