伊勢河崎ときどき古民家

伊勢と河崎の町と神社と古民家と好きなものに囲まれた日々のコラムです

【125社めぐり】正宮・豊受大神宮

正宮 豊受大神宮

御祭神 豊受大御神

御伴神 天津彦彦火瓊瓊杵尊 天児屋根命 太玉命

 

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一般に「外宮」と呼ばれますが、正式には「豊受大神宮」と言います。

 

遷座は内宮・皇大神宮の御鎮座484年後の雄略天皇22年の7月7日と言われます。

 

その前年のある日、雄略天皇の夢に天照大神が現れて

「自分一人では食事が安らかにできないから、

丹波の比冶の真名井にいる私の御饌都神の等由気大神を呼び寄せて欲しい」

と仰ったと『止由気宮儀式帳』に記載があります。

これが外宮で今も欠かさず毎日行われている日別朝夕大御饌祭の創祀でもあるとされています。

 

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御祭神のおわします正宮は上記のような造りで、内宮とほぼ同じです。

御参拝は板垣内・外玉垣外までですが、

初穂料を納めたり神楽を上げるとそのランクに応じて

中垂鳥居やその先まで近付いてご参拝出来るのも同じです。

 

また、式年遷宮のための古殿地があり、

心御柱覆屋」が建てられているのも同様です。

 

唯一の違いは、外弊殿と御饌殿が板垣内にあることです。

御饌殿は日別朝夕大御饌祭で調理された大御饌が大神に捧げられる場所で

外弊殿には、古神宝類が納められています。

 

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御祭神・豊受大神伊邪那美命が火の神・火具土を産んだために

病に伏した後に生まれた和久産巣日神の御子で、

豊受気媛神、豊岡姫、止与宇可乃売神と別称され、大物忌神と同神とも言われます。

神仏習合に於いては稲荷神・宇迦之御魂神と同一視されていきます。

 

伊勢神宮のHPには

豊受大御神は内宮の天照大御神のお食事を司る御饌都神みけつかみであり、

 衣食住、産業の守り神としても崇敬されています。」

とあり、

皇大御神は、豊受大御神の御神慮を仰ぐことなしに、

食事に代表される生活全般の正しい豊かな営みが不可能であることを

みずからお教えくださったものと考えます。」

と理由で豊受大神丹波国から遷座したとしています。

 

個人的には、わざわざこの「丹波国」からお迎えしたことに意味があると思います。

倭姫命の母・日葉須媛も丹波道主王の娘なのです。

丹波は地理的にも近畿と山陰山陽を結ぶ地です。
豊受大神のいらした真名井の近くに「元伊勢」のひとつ「籠神社」がありますが、

「元出雲」と呼ばれる「出雲大神宮」もまた丹波にあるのが興味深いです。

「丹」という字からは古代は重要な役割を持った水銀も髣髴とさせられますし…。

また改めて考察したいテーマです。

 

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さて、伊勢神宮では「外宮先祭」と言われ、毎年の初穂曳きや式年遷宮の祭事など

まず先にこの外宮から行われる慣わしがあります。

 

神宮HPでは

豊受大御神天照大御神の御饌都神ですので、

 内宮の祭儀に先だって御饌都神にお食事を奉るのです。

 祭典の順序にならい、参拝も外宮から内宮の順にお参りするのがならわしです。」

と書かれています。

 

御饌都神だから先、という論拠が少し乏しく感じますよね。
お毒見ということでしょうか?

実は伊勢では「外宮が元々氏神として先にあった」説が根強いです。

もしかすると、伊勢の民には外宮こそが大事な神様だから先に…

という思いがこっそり隠れているのでは?
などという邪推もしてしまいます。

ちょっぴりミステリーになりますが

「外宮は内宮に封印した神を護っている」なんていうお話もあります。

つまり、地元民にとっても内宮・外宮の設立経緯が謎なのです。

そもそもが天照大神豊受大神も伊勢の外から来た神様なのです。
では、伊勢の地元の神様はどこへ?
国譲りをして去ってしまわれたのでしょうか?

この謎を胸に秘めつつ、125社の他の神様たちを見ていきたいと思います。